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貴族の文化から庶民の文化へ

修学院離宮 朝の7時20分
NHK総合テレビで放送された「天上の王朝美 京都・修学院離宮」は、建築としての修学院離宮の紹介だけでなく、日本文化やデザインの今日のルーツについても語られた、非常に興味深い番組だった。

修学院離宮は
比叡山麓にある江戸時代初期に後水尾上皇の指示で造営された広大な山荘。
離宮とは、皇居以外に設けられた宮殿のことで、桂離宮も同時代に造営された。

番組は
後水尾(ごみずのお)上皇が自然の中の桃源郷に求めた庭園や建物を映し出すだけにとどまらず、離宮に集う町衆たちの様子を描いた「修学院離宮図屏風」の読み解きなどを交えながら、皇族と庶民の文化の交わりを解説。

平安の王朝文化や
大名・武士の桃山文化から庶民的な元禄文化に移行していく狭間の寛永文化が、歴史の中でどういったものなのか分かりやすく見ることが出来、あらためて日本史におけるデザインの誕生について学ぶことが出来た。

修学院離宮図屏風
や襖や戸板に描かれた絵を視ると、離宮滞在を楽しむ上皇の生活の様子や祇園祭の山鉾などこれまでの宮中の絵画では描かれなかった庶民の様子が散りばめられている。

重要人物としては
文芸芸術の振興に尽くした後水尾上皇の中宮・東福門院(徳川和子)の存在を、番組は取り上げている。
宮中に小袖を着用する習慣を持ち込んだり、自身や娘や女官たちの着物を自らデザインし京都の呉服商「雁金屋」にオーダーメードしたり。

雁金屋とは高級呉服屋さん。 今で云う高級オートクチュール、超高級ブティックです。

元天皇のお后が、町の仕立て屋にデザイン画を持ち込んで注文していたんです。

凄いね。 

西洋の貴族文化では、貴族や王室お抱えの音楽家や芸術家って必ずいて、文化の発信は権力者の屋敷や城内からというのがセオリーですが、そうではなく、身分の上のものがおりてきて注文したり、積極的に交流の機会を用意したり。
江戸時代の初期にして、文化の発信の図式が変化し始めるおおきな動きが京都から始まったのです。

NHK大河ドラマ「江」より 
寛永小袖のデザイン 

東福門院が
大のお得意様であった雁金屋についてもういくつか。
尾形道柏が染物屋からはじめ、息子の尾形宗柏の時代に皇室御用達の呉服商となった。
尾形宗柏といえば、あの尾形光琳・尾形乾山の祖父です
また、先代の道柏の奥様は本阿弥光悦のお姉さんと云われています。
本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)とは、陶芸家で書家で画家。出版者、作庭師、能面打ちなど様々なジャンルで活躍した芸術家。
いまふうにいえばマルチ・アーティスト

離宮の曼殊院には
後水尾上皇が遺したいけばなの立花図がのこっている。
池坊専好が師範をつとめたそう。 

ファッションにいけばなに…
番組は、「この時代に歴史の狭間を生きた天皇が誇りをかけてつくりあげた修学院離宮が王朝美の最後の輝きを象徴している」と締めくくったが、日本の文化の発信が上方にうつり、貴族や公家や武士のものから町民が主役になっていく日本的な文化が育ち人の生活に結びつく今のデザインの源流を見せてくれたように思う。



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大阪で、アニメーションの仕事に関わり、現在は、大阪デザイナー専門学校(旧称・大阪デザイナー学院)で、アニメーション学科とキャラクターデザイン学科の1年生2年生の担任をしています、森宏樹です。 手技や映像に関する授業を担当し、描いたり作ったりの指導をしています。

MORI Hiroki

Author:MORI Hiroki
たった15秒や30秒のコマーシャルが、大きな映画にも負けない感動を与えてくれる。
カメラマン宮川一夫が撮影した「トリスウィスキー」の作品は、大好きなCFのひとつ。

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