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サヨナラ石膏デッサン

1年生の
1年間のレギュラー授業の締めくくりは、実習「デッサン」でした。

作品

1年間
取り組んできた石膏デッサン。
前期は木炭、後期は鉛筆を使いました。

石膏デッサン最後の
課題は、上半身、大型、トルソといった、大きな石膏像を用意しました。

さらに
空間に、立体が存在する表現にチャレンジすべく、背景の描写も課せました。

背景といっても
見えているものを写実に描写するわけではなく、明暗のボカシを使って、空間奥行き感を表現します。

dessann12_6 dessann12_5
dessann12_4円盤投げ」の半身像です。競技の円盤を投げる前の、精神を集中してイメージを高めている様子を表現したものです。一般的には、上半身をねじって、投げる前の予備動作のポーズをとっているものが有名。
投てき前のこのポーズのものは「ディスコフォロス(Discophoros)」と呼ばれ区別されます。原作は全身像です。

円盤投げ

dessann12_9 dessann12_8

ラオコーンの半身像

大蛇に襲われる瞬間を表現しています。

ラオコーン
デッサン12_1
dessann12_3 dessann12_2

ミロのヴィーナス半身像
エーゲ海のミロス島で発見された有名な大理石彫刻を、デッサン教材用に模したもの。
すっと直立したものではないので、傾きのある全身のダイナミックならせんの構造を良く観察して、プロポーションの美しさを意識しながらスケールの大きさを表現したい。

ビーナス3 ビーナス2 ビーナス1 ビーナス4

ベルヴェデーレのトルソ
ミロのヴィーナス半身像よりもさらに大きな石膏像。
男性の筋肉が強調されている。
特に下半身。太腿の筋肉はこちらに向かって伸びてきつつ、大きく盛り上がっている。

dessann12_10 とるそ2

背景を描写すると
ご覧のとおり、手は鉛筆で真っ黒だ!

鉛筆まみれ1 鉛筆まみれ2

アムールアムールの半身像は
ギリシャ・クラシック期(前 4世紀前半)の彫刻。
石膏の半身像には腕がないが、ローマのバチカン美術館の模像には、腕と背中の翼がついているようだ。(下の写真)
アムールは、いうところのキューピット(クピド)。ギリシャではエロースとよばれ、愛の気まぐれさの象徴を表す神様のことである。初期は恐るべき神として考えられていたが、その後有翼の若者の姿へと変わった。
ムキムキの筋肉男性でなく中性的なイメージはそんな理由から。
さらに時代が下るにつれ弓と矢を持つ子供や幼児、現代のキューピットの姿になっていった。
アムールとは、フランス語では”愛” 

dessann12_13 あむーる

最終課題
この1年間、学習して手に入れたことを、最大限に活用して制作します。

マルスマルス
描きました。

ローマ神話に登場する軍神で、ギリシア神話ではアレス。
ヴィーナスの愛人とされており、鍛え上げた肉体が特徴。
ヴィーナスを想う、物憂げに視線を落とす表情を大切にして、石膏像のイメージを描写していきたい。

マルス7

構図を決めます。
大型の石膏像は、F8サイズのワトソン紙よりもはるかに大きい。
対象の大きさを表現すべく、兜のてっぺんを切って、画面の張力を利用して、スケールの大きさを強調することにした。
下部も、枠に収めるようにせず、同じように外にはみ出すように処理をした。

マルス1 マルス2

陰影も一緒に描写していく。
この時点から、立体の意識を持って描き進めて行く。
線で描くスケッチではないので、形を表すために、陰影の描写は大切。

②構図が確定したら背景の描写
対象の像の描写と同時進行で、背景描写も行っていく。

マルス4 マルス5

③部分の明暗にとらわれず、光源を意識し、大きな塊としての明暗の様子を整えていく。

マルス6

この場合、教室の外からの光が、向かって左側から差している。
窓からは離れた場所に石膏像が設置されているので、左上からの蛍光灯の光の影響が強い。

明るい面も、HBやHといった、薄い鉛筆を使って、明るい灰色に描写していく。

④練り消しも利用して、ハイライトも作画。

マルス8

鉛筆で「白」の表現はできないので、明るい部分は、練り消しを使って描写する。
石膏像の白さを感じさせる作業。

椅子に座って

低いアングルで描いたものだが、マルスのうつむいたポーズを大切にするならば、高いアイレベルで、俯瞰のイメージで描けば、もっと、物憂げに視線を落とした表情を強調させることが出来たかもしれない。

合評会です。

合評1 合評2 合評3 合評4 合評5 合評6 合評7 合評8 合評9 合評10 合評11 合評12 合評13 合評15 合評16 合評17 合評20 合評21 合評22  合評24

この1年間
二つのテーマを繰り返し学習しました。

①観察すること
②描くことに躊躇しないこと

観察すること
については、計り棒の利用の大切さを知ってもらいました。
なぜなら、人間の目は惑わされるものだからです。
普段、いろいろなものを見ている様で、実は、よく観ていない。
先入観思い込みで認識し、描いてしまっているのです。
物を正しく観察して、そのとおりに描いてみることは、絵の上達の第一歩。
人は、見たことのないものは描けませんし、自分勝手な思い込みで描いたものは他人には伝わりにくい。
そのことに気づき、客観的に観察する道具である計り棒を使ってトレーニングを積み重ねました。
この1年間、さんざん計り棒を使った人は、相当に見る力が養われたはずです。
まだ、満足に至っていなくても、きっと、観察する目をもって、これからも日常を過ごして行くでしょうから、もっともっと、上達していくはずです。

描くことに
躊躇しないということは、まず描いてみることです。
迷って眺めていても問題は解決しません。間違ってもかまわないから、まず描いてみるのです。
思ったとおりに画面に再現できなくても、間違って描いたとしても、消して、描き直せばいいじゃないですか。
一発で上手に描こう、描き直すのが面倒だ、なんて考えていては、絵は上達しません。
そもそも描くことをめんどくさがっていては、アニメーターになんかになれっこありません。
描くことに遠慮せずに、どんどん描き増やしていくことが上達の秘訣です。
眠たいから睡眠する、腹が減るから食事する、覘きたいから覗いてみる、と言った事と同じように、
「描いていないと体調が悪くなる」
「描きたいから描く」
「描かずにいられない」
そんな体質にしていってほしいと思います。

最後に
デッサンとは石膏を描くことではありません。

観て描くことがデッサンですから、目の前にあるもの、何でも見て描くことをすれば、紙と描くものさえあれば、いつでもどこでもデッサンできるのです。
石膏デッサンの授業が終わったから、デッサンができなくなるということにはなりませんし、デッサンの授業が終わったからデッサンをしなくてよいということではありません。

日々の生活の中に、デッサンはあります!

描かなくても、観察するだけでも好いのです。
みんなのことだから、きっと、見るだけじゃ我慢できないと思うよ。


石膏デッサン終了!
1年間、教材になってくれた像たちに感謝。

ようおとしお


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プロフィール

大阪で、アニメーションの仕事に関わり、現在は、大阪デザイナー専門学校(旧称・大阪デザイナー学院)で、アニメーション学科とキャラクターデザイン学科の1年生2年生の担任をしています、森宏樹です。 手技や映像に関する授業を担当し、描いたり作ったりの指導をしています。

MORI Hiroki

Author:MORI Hiroki
たった15秒や30秒のコマーシャルが、大きな映画にも負けない感動を与えてくれる。
カメラマン宮川一夫が撮影した「トリスウィスキー」の作品は、大好きなCFのひとつ。

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